イトウ

一度は結氷し、長雨により再び解氷しだした湿原の川。一縷の望みを抱き私も再び川面へ足を運ぶ。ハンパじゃない寒さを克服して釣り上げたイトウ。年末の12月29日の出来事であった。朝日とともに感動が僕らを包む。

正直、ルアーを始めた頃は全然釣れなかった。ワクワク気分で川に立つが結局、何も釣れずボーズで帰ってくることがほとんど。上流・中流・下流と場所の選択が違うのか、そもそも投げているポイントが悪いのか、使うルアーが駄目なのか、考えれば考えるほど訳が分からなくなる。釣具屋さんで話を聞いたり、雑誌を読んだり、色々と自分なりに試してきたが、こんなに釣れないのならイトウを追うのは止めようかなと思うこともあった。それでも未練は捨てられず3年ほど月日が経った5月の連休初日、この日もイトウの姿が見れず、そろそろ帰ろうかと諦め半分、アップにキャストしたルアーを高速でリトリーブしてきた時、大きな口を開けたイトウが追いかけてきた。チェイスには至らず、深みに入ったポイントへすかさず2投目をくれると、またもや大口を開けてルアーへ向かってくるも、技量不足かヒットしない。60cmはあろうかと思われるイトウを見て、「いた」と、かなり興奮気味ではあったが、このシーンが何かのヒントになったのだと今になって思っている。自分がキャストしたルアーを追うイトウの姿をこの目で確認できたことと、釣りたい気持ちが以前にも増して強くなったことが何より嬉しかった。それから、釣り上げはしないがルアーに反応するイトウを見る回数が増え、ついには30cm台の小さなイトウを手にすることが出来た。釣り熱は高くなる一方、数えきれないほど湿原の川を歩いているうち、季節ごとに変わるイトウの生息流域や行動パターンが把握できるようになり、今ではコンスタントにイトウが釣れるようになった。

いつの年かの10月最後の日曜日、この日は朝から夕方の3時頃までアメマスの反応も何もないまま、折り返し地点へ。獣の時間帯かエゾシカが人目を気にせず動き始めている。熊が多い場所でもあり、早起きしてきたのに、「今日はボーズか」などと考え引き返そうとしていたら、相棒が川岸から何度も聞こえてくる「ガボ、ガボ」という音に気付き、興奮気味に「何か居る、魚かな鳥かな」と私に言った。その様子を伺うと、それはイトウがトゲウオの捕食を繰り返す音であることが見て取れた。私は相棒に「結構でかいイトウがいるから投げればいい」と彼へ言うが、相棒は自信なさげに私に射止めてくれと…。迷わずトゲウオに似たジグミノー(スミスのサージャー、チャートカラー)で一撃。久しぶりの強い引きで私を魅了したイトウは体色が紫がかった80cm。釣り上げた直後、たらふく食べていたトゲウオを吐き出したのを見て、丁重にリリースすると同時に、今までの疲れが吹き飛んだのも束の間。早く戻らねばと来た道をひたすら逃げ帰る。車へ着いた時には真っ暗であったが、当然、その日の晩はこの釣果を肴に相棒と祝杯を挙げたのだった。

この年の秋は雨降りの日が多く、いつも遊ばせてくれる川達は満水状態。せっかくの休みなのに釣りにならないまま、11月を迎えた。家にこもっていても気が狂いそうになる始末。やることと言えばルアーを眺め、どれがいいか品定め、針先を確認してはせっせと研いでいる自分。我慢できなくなり釣り座まで車を飛ばす。川は相変わらず満水で泥濁りとまではいかないものの、岸際すれすれまで流れがついているが、ストレス解消に竿を振ることを決意した。濁りの中でも反応してくれるルアーをワレットから選び、釣り上がり開始。久々の釣りに心躍り、いつものヒットポイントをゆっくり攻めるが全く反応がない。入渓地点からかなり進み本流と支流の出会まで来てしまった。「ここまで来て釣れないのだから今日は仕方ない、でも釣りたい」と、自分が魚だったらどのルアーに興味を示すか考え込む。水が多いから潜る方がいい、濁っているなら目立つ色で動きが派手なもの。結局、選んだのがラッキークラフト・ビーフリーズ78ロングビルS。行きで散々投げた絶好ポイントに再びキャスト…。着水させリップに流れを乗せ沈め、1巻2巻で衝撃が迸る。会心の一撃を喰らったと同時にドラグが鳴り響く。やっとの思いで釣り上げたイトウは75cmの美形。してやったりである。

このイトウもいつの年かの10月最後の日曜日の出会いだった。氷が落ちてから春・夏・秋とイトウを追い求めるがなかなか釣れてくれない。確かこの年は地元でも猛暑日が続き、秋サケ・カラフトマスが豊漁の年だったと記憶している。サケと言えば私が大好きなアメマス・イトウの親戚・兄貴分である。潜水艦のようなトルクを体感させてくれるブナ色に染まったシロザケ。セッパリとなって水を割るカラフトマスは太古の恐竜を連想させる。若かりし頃、知床半島の付け根を流れる忠類川にて縦横無尽に走り回るこの巨体を見て夢中になった自分を思い出す。時期は違えど有効利用調査という形でここにサクラマスが加わればもっと楽しい、と考えているのは私だけではないはず。話が横道に逸れたが、このイトウ、ヒット後はひたすら「ドタン・バタン」と豪快に暴れまっくていた。相棒の助けもあり無事ネットイン、久しぶりのビックワンである。王者の風格とも言うべきか、特別な雰囲気を感じてしまう。

このイトウは日が傾き暗闇を迎える寸前に釣り上げた6月の73cm。この時期は日も長く夕方過ぎの7時くらいまで釣りが楽しめるため、川を遡上するイトウに会うべく、毎日のように仕事を終え帰宅せず川へ直行する。イトウ釣りはタイミングが大事で、私が釣りをする川ではこの時期が多くのイトウに出会えるチャンスである。1m20cmはあろうかと思われるイトウがルアーを追い、浮上してきたのもこの時期である。但し行けば必ずしも釣れる訳ではなく、この地点を通過するというイメージ、だから毎日通う。5月でもイトウは釣れるが産卵を終えた個体が降下してくる時期である。メスをめぐるオス同士のケンカや身を粉にして産卵床を掘った直後で、あちこちに傷跡が見られ、ヒレが裂けていたり体色のくすんだ魚体が多く、掛けても引きも弱い。解氷後、3月と4月の中下流域でのイトウ・アメマスは狙うが、産卵のため上流へ遡上した個体や、産卵後、体力を回復させながら最下流域を目指すイトウ釣り(5月25日くらいまで)は小休止としている。

12月初旬、お疲れではあること承知で、産卵を終えたアメマス達に付き合ってもらいたく、いつもの湿原河川を釣り上がる。ワンキャスト・ワンバイトとは言い過ぎかもしれないが釣果も上々、結氷前にしか味わえない川底からクネクネと浮き上がってくるアメマス独特の引きを楽しんでいた。しばらくこの状況が続くも、ある地点から急にアメマスからの反応が全く無い。「おかしいな?」と考え込んで歩いていると60cm近いアメマスが上流から下流へ泳いで行った。まるで何かに追われているがごとくである。その地点へ目を向けると2m以上の深みがあることに気がつき合点がいった、イトウがいると。1投・2投で底からルアーをひったくろうと飛び出してきたがバイトには至らない。深度が足りないと踏んで、沈みの早いハイドジャーク80mm/13gで3投目、やっと釣り上げたのは70cmジャストであった。このイトウを釣り上げた後、身を潜めていたアメマス達が釣れ出したのだから、余計に納得できる。

この写真も思い出深い一枚である。最後の最後に入渓地点で釣り上げたイトウである。おそらくは朝、一投目のルアーをこのイトウは確実に見ていたと思う。使うルアーによって低層レンジをキープできないものや流れに負けて浮き上がってしまうもの、姿・形・色、水温や日の当たり具合、魚が定位する場所、釣り座の位置、投げる角度、常に流れる川の前では、人間に機械的な動きは到底無理である。私の釣りスタイルというか釣り方に関して言えば、あまり粘らないタイプで3投くらいキャストして魚が出ないと次のポイントと、足で稼ぐような結構早いペースで探る釣り方である。順調にアメマスを釣り、今日も一日楽しい釣りができたことに感謝していたのだが、急に相棒が「イトウが見たかったです。」なんてことを言いだした。「もちろんイトウが出ればもっと楽しい」と返すが、すでに入渓地点。「ここで出たら奇跡だな」と言い放ち釣り上げたイトウであった。キャスティングとか技量、タックルなどそれらの行動や想像を超えた何かがあるのだと思い知らされた一面であった。

前日の飲みすぎが祟り、やむなく午後からの釣行となったこの日、いつもの地点まで足を進めるも反応が無い。飲みすぎた自分を反省しながらの帰り道、気持ちを切り替えてギラギラ目立つイワシ似のミノーをキャストしていると流れの強い流心でヤマメがチェイスしてきた。「流れの強い場所はヤマメとかニジマスが定位する場所で、イトウは付かないよな」なんて考えながらルアーを回収しようと岸際を引いていると、80cmはあろうかと思われるイトウが迫ってくる。その迫力と大きさに動揺しつつ、「喰ってくれ」と祈る思いで巻き続けるも歴戦の強者はこちらに気付いたのか、何も無かったのごとく自分の居場所へ戻っていった。ヤマメが出てきたのだからこのイワシミノーがヤマメに見えたのか?など妄想し、少し時間を置いて戻っていったポイントへミノーを投げ入れると、今度は喰いあげようと水面浮上してきたが見事に見切られてしまう。諦められずキャストを繰り返すが、完全に無反応、イトウのお腹を満たすのに偽物は通用しない。その日は諦め翌週、再びそのポイントを訪れるもイトウは出てくれない。数日前に結構な量の雨が降っていたこともあり、餌を求め更に上流域へ移動したとの予想を頼り、次の橋からの釣り上がりとなる。「この辺の流域でイトウが付きそうな場所と言えば…」いつも歩いている湿原河川である。川の姿や流れの筋とか水深、だいたいのポイントは頭に入っている。目星を付けたポイントのみ打つことを決め、何箇所目かの大場所に辿り着いた。「多分ここにいるだろう」、イワシミノーでどん深の重い流れを引き足元付近にきた時、偏光グラス越しに川底から大きな魚影が浮いてきたのが見えた。「あいつだ、喰うか?」そう考える間もなく棹がグニャリと曲がり、強めにドラグ調整をしていたリールから糸が出る。ひたすら下へ下へ向かう重たい引きと、斜め上流に走ろうとする豪快な泳ぎに緊張が続く。何分経過しただろうか、姿を見せないイトウ。これだけのファイトを耐えているのだから針はしっかり刺さっているはず、ただ、釣り座が高すぎてここではランディングできない。「どこで獲ろうか」と辺りを見渡して浅瀬を探したところ、対岸に理想の場所がある。一人の釣りで相棒は居ない(遥か後方を歩く釣りをしない相方、写真はその方に撮ってもらっている)、「立ちこんで流れを渡るしかない」と腹を決め深い流れをつま先立ってなんとか対岸へ着く。棹の持ち手を変え、弱らないイトウとのファイトが続く。寄せては糸を出されるを繰り返すことようやく観念したのか、最後にそのイトウは2m以上垂直に飛んだのである。その光景に啞然としたのは言うまでもなく、私の釣り人生初めての出来事だった。ネットインしたイトウは堂々の86cm、海から遡上して間もない銀白色に輝く魚体であった。

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