ヒグマと遭遇すること。それは釣り師にとって避けられないリスクであり、同時に最も直面したくない真実でもある。これまでも目撃や遭遇の体験があったが、今回の話は次元の違う恐怖だった。木々を駆け抜けこちらを見据える親子熊。崖からこちらを振り向いた熊。至近距離で遭遇した熊。今も忘れることはできないヒグマと対峙した当時の張り詰めた記憶をここに記す
遭遇エピソード
萩のトンネル脇を駆け抜ける親子熊

12年前の話になる。部署異動による細々した引継ぎや出張などにより休みが取れず釣りに行けない日が一か月も続くと流石に調子が悪くなる。川は雪解けの増水も収まり海へ出るアメマスを狙える絶好の機会なのに…その日も午前中が仕事だったが、さっさと済ませ川へ直行。しかし前日の雨のせいで濁って釣りにならず、濁りの少ない支流の上流へ向かうとそこには相棒の車がある。「なるほど釣り人らしく同じ事を考えここに来たのだろう」「細い流域なので先行されれば魚は出ないか」と考えたが折角来たのだから竿を片手に雰囲気だけでも味わいたい。その相棒とも暫く話をしていない「追いついたら釣りの話でもするか」と考え軽装にルアーを数個持って川岸を歩く。
たまに訪れるこの流域、魚が着いていそうなポイントなど大まかな地形は頭に入れてある。早春の歩きやすい岸を早足気味で歩くが相棒の気配は全く無い。「相当奥まで行ったのだろう」と進んでいると反対岸の藪の中から鹿が顔を出した。見通し良く熊の足跡も確認しながら進んできたが携帯していた鈴をポーチから出していなかったので音が無く、私に気付かなかったのだろう。そのまま歩くが相棒には追い付かない。
途中、萩が密生し藪漕ぎが大変な場所があるので、そこを過ぎたら引き返そうと萩のトンネルを潜り抜けていると「ヴオ」「ヴオ」「ヴオ」と私の斜め後ろから萩の外側を黒い物体が走る姿が見えた。「ヤバい!熊だ」トンネルを抜けたところで鉢合せする格好になった熊は親子熊。あっけにとられていると熊はそのまま走り過ぎていく…と思ったら親熊が走って戻り(子熊は見えない)私の進行方向へ来たところでもう一度走り、今度は真横15m辺りの場所でこちらを見ながら立ち上がった。当時は熊スプレーを持ち合わせておらず、どうにもならない状況で「舞違いなく襲われる」とその最悪のシーンを脳裏に描きながら覚悟を決めたが、出来る事といえばこちらも相手を威嚇することぐらい。熊と目を合わせながら背中の木にもたれ掛かり、「戻ってくれ」腕を上げて取り出した鈴を祈るように鳴らす。
子供が気になるのか親グマはそのまま振り返り子熊が走り去った方向へ消えて行った。「助かった…」急に解けた緊張や恐怖心で腕や足はブルブル震えている。茫然としたまま暫くその場所から動けなくなった。時間が止まるような恐怖体験であり、鈴を鳴らすことでこちらの存在を知らせることの重要性を思い知らされる出来事だった。
その場は電波が無く帰宅後、連絡を入れた相棒は私の話を聞いて驚いていたが、熊の気配など何処にも無かったとのことであった。




切り立つ岩から振り向く山主

湿原を源として山間部を流れるその川はヤマメやイワナ、ニジマスが多く釣れる。根釧原野で馴染み深い湿原河川とは渓相が違い、場所によっては急勾配の岩盤を流れる連続した早瀬や深い淵などもあり、釣りをしていて飽きることが無い。
そのフィールドで釣りを楽しんでいたある年の7月。いつものように朝早くから釣りを始め素敵な魚を釣り上げ昼になる頃、しばらく続く渓谷の入り口に着いた。「ザーザー」と激しい流れが岩を打ち、白く泡立つその音のせいで虫の鳴き声や鳥のさえずりが聞きずらい。「こういう場所に熊は住み着いているはず」こちらの存在を早めに知らせる為、時々立ち止まってはいつもより長く鈴や防犯ブザーを鳴らす。そこを過ぎるとまた虫や鳥たちの声が聞こえてくる。途中で釣れた魚の写真を撮りながら午後2時頃車まで引き返すことに….
辺りの音が聞こえなくなる渓谷の手前までくると、さきほどまで普通に聞こえていた鳥の鳴き声が聞こえない。「シーン」とした様子に「何か変だな?不気味な感じがする」と思い。手持ちのブザーと鈴を鳴らしながら歩いていると、通過した後方で「ガラガラガラ」と大岩が転がってきた。「エッ?」と驚いて川岸向かいの崖へ目を向けると急峻な崖の中腹に大きな熊が見える。「ノソノソ」崖を登るその熊は途中で「グルリ」と振り返り私を見下ろす。全身の毛色は黄色混じりの茶色で両肩が盛り上がり、その大きさと迫力に驚き過ぎて「ウワっ」と声が出ていた。「降りてきたら熊スプレーを使うしかない。缶には5mまで噴射出来ると書いてあった」いつでもスプレーを取り出し使うイメージを連想させ、鈴を鳴らし続けているとその熊は悠々と崖の上へ歩き去っていった。動揺した私は暫く冷静になれずその場に留まったいたが、熊が居なくなると鳥たちが鳴き始めている。以前の時と全く同じである。先程の不気味な予感は間違いではなかった。私は第六感とかあまり気にしない人間だが、何か変だと恐れや不安を感じた時はそれ以上進まない方が良い。




不意の遭遇、樹影に潜む巨体

山仕事に従事していたある年の6月末、標茶町のとある山林での出来事。そこは過去山林であったが酪農業を営む為に草地として切り開かれ、廃業か規模縮小により利用しなくなったのか再び山林として活用するらしく苗木を植えた場所あった。木の成長を助けるため計画的に下草狩りを実施している。
その年は連日OSO出没の話題が絶えず、その地での作業だったので「大丈夫だろうか」といささか不安な気持ちが強い。近くには別寒辺牛湿原へ繋がる小河川が何本も流れ、手つかずまま残された広葉樹林も少なくない。この日は二人作業であったので真ん中より左右に分かれて下草刈りを行う。そこは傾斜地であり高い場所からは町道を走る車両も見て取れる。外周から狩りはじめ何周かしたところで昼休憩の時間。
おにぎりを食べ一休みし刈払機を置いた場所へ向かう。車から100mは離れていただろうか真っ直ぐ向かった角地で草地と雑木林の境目に機械やハーネス(背負子)、水を入れたウエストバックなどが置かれている。それらが見えてもう少し、あと5mという地点で雑木の暗がりに巨大な熊が寝そべっていることに気づく。ビックリしたなどという次元ではない、言葉では言い表しずらいが心臓が飛び出るような恐怖と衝撃の瞬間。驚きが言葉になる間もなく「こんな所で出くわすとは、こちらに向かって来たらお終いだ」と諦めそれしか考えられなかった。私とほぼ同時にヒグマもこちらに気づいたようでお互いに目が合う。「ドッ」と瞬間的に起き上がった熊は「ドタドタドタ」と猛スピードで暗い林の奥へ消えて行った。
大袈裟な表現をするつもりは全く無いが、その間、地面は揺れていた。茫然と立ちすくみながら気持ちを落ち着かせようとしたが、その熊の容姿が頭から離れない。寝そべっていた時の大きさは牛のように大きく、毛の色は艶があって黒々としていた。ギラギラした目と引き締まり勇ましく見える顔つきを今でもハッキリと覚えている。あとの祭りとなってしまうが、クマよけ鈴をウエストバックにぶら下げていて、携帯せずに車へ戻ってしまった。鈴があればもう少し早く熊が気づいて怖い思いをしなかったのかもしれないと深く反省している。
当町ではOSOで話題になったが、その熊だったのかもしれない。暑さ続きの猛暑対策として作業時間を早めて仕事をしていた年であったが、熊も暑さしのぎに涼しげな木陰で休んでいたのだろう。
地面が揺れるほどの恐怖体験はこれが二度目で最初は夏の風連川を前段の相棒と一緒に川通しで釣りしていた時である。その時は熊は目撃していないが揺れた付近にとてつもない大きなヒグマの足跡が残されていた。
湿原のヒグマ(動画1)

昨年6月14日に目撃された湿原を歩くヒグマ。車通りの多い国道沿いに現れた。同日、釣りに向かった私も別の場所で親子熊に遭遇しているが、一瞬の出来事であり写真等は手元にない。下段にもう一つ動画を載せているが、全国的に目撃情報が後を絶たない一年だった。




トドマツを登る子熊と警戒する親グマ(動画2)
昨年の7月、釣りの帰り道に昆虫(トンボ)の写真が撮りたいと車を降り撮影し運転席で写真を確認、その後車を進めようと前を見ると、目の前の林道を親子熊がノソノソ歩いています。ウロチョロする私や停車している車の存在が気にならなかったのだろうか、平然としている様子。彼らが前を歩いていては私は帰る事が出来ない訳だが、下手に刺激すると襲い掛かられると考え、そのままジッとしていると途中で熊が気づいたのか雑木林へ向かって走って行きました。安全な距離まで離れた事を確認し、遠目から彼らを撮影してみることに…
当時の様子を写真で説明すると、一枚目「親グマがこちらを警戒(既に子熊は木へ登っている)」→二枚目「トドマツを登る二頭の子熊」→三枚目「登り続ける子熊たち」→四枚目「更に登り続ける子熊」→五枚目「小さい方の子熊がこちらを見ている」
その時の様子はこちらの動画より確認できます。
伝聞、トピックス
これまでヒグマとの遭遇体験をまとめたが、人から伝え聞いた話やニュースとして話題となった出来事も少なくない。
「釣り場で熊と遭遇し跡を付けられた釣り師」
「カヌーで釣りしていた目の前を泳ぐ熊」
「冬山で枝打ちしていた山師が巣穴に落ちて事故に遭った」
「興味本位で巣穴を覗き一大事になった」
「道有林測量中の遭遇事故」
「出没情報のあった場所へ出向き実際に写真を撮った」
「低気圧の影響により草地へ出た秋サケを追う熊を手負いにしたハンターが、人手を増やして再び
向かったところ、熊は手負いにしたハンターだけを襲った」
「秋サケ密漁者の車が熊にひっくり返された」
などなど話が尽きない
熊への対策

釣り人として私が心掛ける熊対策について改めて確認してみたい。
クマに出会わないための行動
1.出来るだけ単独行動を避け、複数人で行動する(行先を家族へ伝えておく)
2.鈴・ラジオ・会話などで、常に人の存在を知らせる(藪や見通しの悪い場所では、特に音を出
して進む。川岸から離れない)。川沿いの水の音が強い場所は特に注意
3.「ヴォォォ」「ウォーン」など熊の荒く長いうなり声の方向や巣穴には絶対に近づかない
4.早朝・夕方など薄暗い時間帯(獣の時間帯)の行動は控える
5.フン・足跡・掘り返し跡など痕跡が多い場所は避ける
6.ゴミは必ず持ち帰る
7.常に最新の出没情報を把握しておく
それでも「遭ってしまった」場合
1.走らない。背を向けて逃げない。
2.クマから目を離さず、慌てた動きをせずにゆっくり後退して距離を取る
3.至近距離では熊スプレーの活用(噴射距離・時間を確認)
4.突発的に襲われたら、うつ伏せになり両腕で頭と顔を守る
※爆竹やロケット花火は「事前に人間の存在を知らせて熊を遠ざける」ための予防策としては一定の効果がありますが、「すでに出会ってしまった熊を追い払う」目的で使うのは非常に危険であり、逆効果になるリスクが高いため注意が必要です。
釣り場というヒグマのテリトリーでルアーフィッシングを続けるために熊よけ対策は必要不可欠です。クマは本来おとなしく臆病な動物であり人間が近付いてきたら基本的に逃げます。過度に恐れることはないと考えています。一方で至近距離で驚かせたり子連れと遭遇した場合に危険な行動をとるのは当然と言えます。熊との事故を防ぐことはクマを無用に殺さないことに繋がるのではないでしょうか。釣りする中、仕事をする中、沢山の怖い体験をしてきた私自身への注意や戒めを含め、事故の無いよう十分に注意し今後も野生動物を尊重する釣り師としての姿勢を忘れず、楽しい釣りを続けていきたいと思います。
「当ブログの一部画像には、AI技術(生成・補正)を活用しております。」





.jpg)